あの日の記憶を胸に
元宝塚歌劇団トップスターの大和悠河さんは卒業試験の当日に阪神・淡路大震災に遭った。現地の惨状は今も目に焼き付いているという。一方、災害対策を強化した物流拠点であるエリア・ロジスティクス・センター(ALC)を全国に配し、2023年9月1日に、全国物流構想の最後となる13カ所目の「阪神ALC」を兵庫県西宮市に完成させた医薬品卸売業大手のメディパルホールディングス。同社の渡辺秀一社長と大和さんが災害対策への思いを語った。
過酷な状況での温かさ
従業員皆が感じた使命感
1995年1月17日は宝塚音楽学校の卒業試験日でした。私は教室で自主稽古をして試験に臨もうと思い、早く起きて寮で朝食をとっているときに、あの大地震に襲われたのです。幸い寮の建物は倒壊せず、けがもなかったため、すぐに試験に向かおうと思って外に出てがくぜんとしました。宝塚駅の阪急電車は脱線、近所の建物もあちこちで倒壊しています。
試験の延期が伝えられ、私は一旦東京の自宅に戻ろうと、かろうじて電車が動いているという雲雀丘花屋敷駅まで級友たちと歩き始めました。ガスのにおいが立ちこめ、見慣れた街の景色が一変してしまった中を何時間もかけて歩き、大阪行きの電車に乗ることができました。大阪に近づくにつれ、街の様子は普段と変わらなくなり、いつもどおり出勤する人たちの姿も。つい先ほど見てきた惨状とのあまりの違いにぼうぜんとし、涙があふれてきました。
それは大変な経験をされましたね。私は兵庫県・淡路島出身なのですが、あの日は東京で経営会議に出席していました。震災発生を知って、すぐ故郷の母親に電話をしたのですが、なかなかつながりませんでした。やっと話せたときに母は「こんな経験はしたことがない」と大きなショックに打ちのめされていました。当時、私も含めて関西には大きな地震はこないと思っていた人が多く、阪神高速道路が横倒しになった映像には現実とは思えないような衝撃を受けました。有事というものは常に思いがけない形でやってくると思い知らされました。
2週間ほどたって東京から宝塚に戻り、卒業公演や夢だった初舞台に向けて練習を再開したのですが、一生懸命練習しながらも、心のどこかで「これは続けていていいのだろうか」という気持ちがぬぐえません。でもそんなときに身に染みたのが、近所の皆さんの温かさです。水が出ている地域の方が「シャワー、使っていいよ」と声をかけてくれたり、「これはある?」「あれは足りてる?」と言って、皆さんがいろいろなものを持ち寄ってくださったり。本当に多くの方の助けがあって初舞台までこぎつけることができたのです。東京に住んでいるときにはご近所づきあいは、そんなになくて・・。大震災に遭って初めて、こんなに人って優しいのだ、支えてもらえるのだということを知りました。
阪神・淡路大震災と東日本大震災。この2つの災害は決して忘れることができない惨禍であると同時に、過酷な状況でも他者を思いやる気持ちを忘れない日本人の美徳を示した機会だったと思います。医薬品、日用品などの流通を担う当社グループでは、神戸でも、東北でも、自分たちが被災していても医薬品や日用品を必死で届ける従業員の姿がありました。もちろん会社が指示したわけではなく、皆使命感にかられて行動してくれたのです。デジタル化が進んだ社会で情報は飛ばせてもモノは飛ばせない。人の手がどうしても必要なのです。例えば透析患者用の透析液が途絶えると命の危機にひんします。そんな時に誰が薬を運ぶのか、ということを皆が背負ってくれました。
私たちの仕事はエンターテインメントです。衣食住や薬に比べたら、一番後回しにされるものだと思います。震災後74日目に迎えた初舞台初日では、お客様は来てくれるのだろうかと不安が募るばかりでしたが、幕が開くと劇場は満席でした。ラインダンスをした時のお客様の笑顔がうれしくて・・。
公演中お客様からお手紙をいただき、そこには「自分は震災で被災して、家族も亡くなったけれど、宝塚が開演してくれたおかげで希望の光が見えた。生きる力をもらえた」とありました。私たちの仕事は一番生活から遠いものだと思っていたのですが、実は一番人に寄り添える仕事なのかもしれないと感じました。舞台人という仕事に自信を持てた瞬間です。
人に寄り添い、支えていくということが私たちの仕事の共通点かもしれませんね。
培った災害対策を凝縮
国のインフラ支える自負
当社グループではさまざまな災害対策を施したALCを全国13カ所に展開しています。今回全国物流構想の最後のALCとして建設したのが「阪神ALC」です。阪神・淡路大震災で大きな被害を受けた西宮市内であり、何か運命的なものを感じます。震災だけでなく、各地で起きる台風や豪雨などさまざまな自然災害の経験や教訓を生かした対策をこのセンターの中に凝縮しています。またメディパルでは成長戦略のひとつに地域医療における価値共創を掲げています。ALCに隣接して地域医療を担う総合病院の開設が予定されており、病院と薬の供給施設が同じ場所に集うことになります。「一樹の蔭」という言葉のように、こうした出会いは偶然ではなく必然なのではと感じました。
そうした施設が身近にあるというのはとても心強く感じます。地域の防災拠点にもなりそうですね。ALCにはどのような防災設備があるのですか。
まず建物自体の免震構造、棚の転倒や商品の落下を防ぐ免震装置、災害時の停電対策として非常用自家発電設備、保冷設備の故障などに備えた保冷車両の配備、交通網が寸断されたときにも使える緊急配送用バイク、配送車両用に燃料を確保する自家給油施設などを備えています。また、ホストコンピューターや通信ネットワーク、物流機器などの2重化やデータのバックアップ、そして万が一、大規模災害などで1つのセンターが供給できない状況となっても、復旧するまでの間、グループの他センターと連携し、商品をお届けする体制を整えています。
やはり災害に対しては備えることが大事ですね。私も被災以来、常に1泊できるような支度を持ち歩いたり、避難生活に備えて防災セットを玄関に置くようになりました。必要な薬を必ず小分けにして持ち歩くようにもしていますよ。出先ではまずどこに避難できるかをチェックしたり、「こういうとき、どうしたらいいかな」と、もしもの事態を想定して考えたり、意識が変わりましたね。
有事の際に何をすべきかと考える時、私たちは「この国で、薬を届けるという使命。」を常に心に刻んでいます。薬は命を支えるものであり、それを届け続ける当社の機能は、この国を支える社会インフラであるという自負を持っています。水や電気のようなインフラは、普段からすぐそこにあるのが当たり前だと思われがちです。しかしそれを支える人たちは強い使命感と意志に突き動かされてインフラを支えている。同様に医薬品を平時でも有事でも届け続けることは、卸の不断の努力によって支えられていることを忘れないでいただければと思います。
災害時にも「止まらない物流」を
実現するALC
メディセオ 常務取締役 ロジスティクス本部長 若菜純氏
当社のALCは、従来郊外の物流センターから各拠点を経由して商品をお届けする方式と異なり、医療機関に近い都市部に設置し直接お届けする新しいコンセプトの高機能物流センターです。常時30000アイテムの商品を保管しています。
ALCではあらゆる自然災害を想定し「止まらない物流」に必要な設備を設けています(上記写真)。東日本大震災発生時に、神奈川ALCでは棚から商品が落ちることなくすぐに稼働を再開しました。各ALCでは非常用飲料水・非常食、タオルや衛生材料、防災保温シートなどを配備。被災地域へ迅速に配送する体制を整えております。
2023年9月1日竣工の阪神ALCでは2年以上の開発期間をかけて生まれた次世代型高機能物流システムを投入。さらに電力使用量の25%を賄える太陽光パネルや、大規模な災害時に近隣の方が使用できる緊急用井戸・災害用トイレを設置するなど、常に災害リスクを想定した強いALCに進化させ続けています。
健康への願いは変わらず
理念突き詰め社会に貢献
今回の新型コロナウイルス禍でも実感しましたが、人間は今まで経験したことがない何かに向き合うとすごく恐怖を感じたりパニックに陥ってしまったりします。そんな時にどんな情報が正しくて、何が間違っているかを知ることは非常に大事だと気づかされました。知識があれば状況に流されずにどう動くべきか、正しく判断できるのだと実感しました。
これまで経験したことがないようなことは、自然災害に限らず今後もいろいろ起きるでしょう。少子高齢化、気候変動など自然環境の変化、人工知能(AI)に代表されるような技術の急速な進歩などにより、世の中のあり方はどんどん変わっていくように思います。しかし、どんなに社会が変化しても、人類には健康でありたいという共通の願いがあります。私たちが掲げる「流通価値の創造を通じて人々の健康と社会の発展に貢献します。」という経営理念。社業が社会的使命の実践であり、それを突き詰めていけば広く社会へ貢献できるという点で大変恵まれた産業であると捉えています。これからも「医療と健康、美」の事業フィールドで、人々に寄り添い、支えていくことを続けていきます。
日常の当たり前を支えてくれる存在が身近にあるということはとても心強く感じます。